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Cross Talk Story | 01

「進化への予感」(前編)
~京都文化の継承と進化について~

フードコラムニストの門上 武司がストーリーテラーとなり、
京都で活躍する3人が語り合う「京都文化の継承と進化」とは?

㈱ジオード 代表 / フードコラムニスト 料理雑誌『あまから手帖』編集顧問 門上 武司

㈱堀木エリ子&アソシエイツ 代表取締役 和紙作家 堀木 エリ子

㈱バルニバービ 代表取締役社長 / ㈱ 菊水 代表取締役社長 佐藤 裕久

㈱ジオード 代表/ フードコラムニスト
料理雑誌『あまから手帖』編集顧問
門上 武司

「京都は決して、新しい物に対して芽をつむことはない。 食、和紙、工芸品にみられる伝統産業やアート、それぞれの世界観や歴史を単にそのまま継承していくのではなく時代の感覚に応じて進化し発展させることが大切だと思うのです。(門上)」

対談

京都という街への回帰

門上:私が大阪から京都に移り住んで約20年になります。きっかけはやはり食に関する仕事ということですね。大阪でも色々な料理を食べ歩いていましたので(笑)、美味しい物を求めて・・ではありました。 年を重ねて、食の世界では意識せざるを得ない“和食”を身近に感じられる環境に自分自身を置くことが大事だと思ったんですね。それで京都に住み始めました。

佐藤:僕は京都生まれ京都育ちでしたが、大学入学と同時に京都を一度出ました。それからはずっと神戸で、仕事の関係で13年前からは東京にも住まいを設け、関西と東京の行き来の日々でした。京都に回帰し始めたのは東京に住み始めた頃からでしたね。東京にどこか漂う、野望や欲望に疲れ果てて、ある日新幹線で京都に帰った時に、京都駅で「おかえりなさい」っていう某酒造メーカーさんの広告が迎えてくれたんです。何だかホッとして、つい「ただいま」って言ってしまったくらい(笑)。 それは単に京都が故郷(ふるさと)だからということではなく、何が東京では苦しいのかとか、この時感じた安心感とかそんな気持ちも含めて、京都を見直すきっかけではありました。 堀木さんは和紙という伝統産業ならではのお仕事からですか?

堀木:私は京都生まれですが、大阪で育ちました。高校卒業後は銀行員をしていて、その時にたまたまご縁があり知人の息子さんが京都で手すき和紙の商品開発の会社を興すということで、経理事務として転職することになりました。最初は大阪から通いながらでしたが、数年後その会社が閉鎖することになってしまって・・・。 どんなにいいモノを作っても類似品がでてきて、その都度生産量や価格競争があって。1500年も続く手すき和紙の職人さんの技術や尊い営みが途切れていくことに問題意識を感じ、何とかしたい!と思って京都で起業し、その後京都に住むことになりました。

佐藤:事務経理をされていて、和紙を作ったことなんてなかったですよね?そのような中、ご自身で起業された堀木さんのその原動力はなんなのでしょうか?

堀木:誰もやってくれる人はいないし、自分がやるしかない、一種の使命感みたいなものでした。職人さんの尊い営みを残したかった、ただそれだけでしたね。自分で起業すると決めたときに、たまたま京都の呉服問屋さんに支援をいただけることになって。呉服問屋さんがお持ちのショールームをお借りしたこともあり、25歳で起業して数年後には京都に住まいを移し、仕事をしていました。 人のご縁に導かれ、人のご縁に支えられて、今京都でお仕事をさせていただいています。

対談

門上:堀木さんは男気あるといったら失礼かもしれませんが、「よっしゃ、やらな!」という気質とパワーに溢れた方だと思います。京都という街自体にもそういった雰囲気がありますよね。 佐藤さんは学生時代に出てから京都に住むことはなかったのですか?

佐藤:そうですね、もちろん実家は京都なので帰ることはありましたが、皆無に等しかったです。ここ4,5年でしょうか、やけに京都に帰るようになりました。元々、京都でお店をやっていて、ここ最近は滋賀でのプロジェクトもあり、月数回は帰るようになりました。 なんだか「京都に呼びもどされている」という感覚に近いです。 京都に呼ばれ、京都を愛する門上さんとお仕事をご一緒させていただくことになり、門上さんから堀木さんをご紹介いただき、今こうしてお話させていただいていますが、京都に絡められているような気がしてならないです。 堀木さんが話されていた「人のご縁」に導かれているのかもしれません。

㈱堀木エリ子&アソシエイツ
代表取締役 和紙作家
堀木 エリ子

ご縁は個の強いパッション同士で繋がれ、輪となり広がっていく

堀木:結局、人にとって大事なのは“ご縁”と“腹の底から湧きあがるパッション”ですよね。ご縁が自然に繋がっていく段階って、目標やパッションが明確に自分自身にあるからこそ、共感しあって、広がっていくのだと思います。

門上:まさに人は人を呼ぶ、やはり人とヒトとの共通項ってありますよね。誰かと話している時に、面白いことをしている人がいるという話がでると、そこから人の輪が広がることは本当に多いです。個人のパッションが人を介して人のご縁で繋がっていく。京都はそういう繋がりが多いかもしれませんね。

堀木:確かにそうですね。京都は人のパッションを自分のことのように感じてくれますし、その人のご縁でまた広がっていく気がします。私はそれでとても助けられていて、一人ではできるわけがなかった今の仕事ができているのも、京都の土地柄や出会った人とのご縁だと思っています。

対談

京都という街の見え方が変わってきた気配

佐藤:昔は京都の人は怖いと言われていましたが、ここ最近言われなくなってきた気がします。最近京都に対する外部の人の評価というか、京都の見方が変わってきたのでしょうか?

門上:食の世界でいうと、京都の料亭をベースに世界の三ツ星のシェフたちが繋がっています。10年ほど前からヨーロッパの三ツ星レストランのシェフ達と老舗と言われる京都の料亭で人材交流が活発化している風潮があります。和を尊重する京都ならではの技術や信頼がもたらした人のご縁なのでしょうね。

堀木:本当に。京都の料理人さん同士も仲がいいですものね。

門上:代々の伝統が、時代と共に人を介して継承されていっているのだと思います。また京都の人は、自分の店であると同時にそれぞれに京都の伝統に対するプライドがある。そのプライドとジャンルにとらわれず多くの料理人とをうまくまとめてパワーにしているのは、京都の懐が深いところだと思いますね。

㈱バルニバービ 代表取締役社長
㈱菊水 代表取締役社長
佐藤 裕久

伝統技術をどう現代と融合させていくか?

佐藤:堀木さんの和紙も本来は伝統的なものですが、そこに現代的な何かが織り込まれているのでしょうか?

堀木:和紙は実用性が問われるものではありますが、私は和紙を“モノ”ではなく“環境”と捉えています。光とともに移ろっていく、和紙のこちら側にある空気感や和紙の向こう側にある気配など、和紙が織りなす“環境”をどう創るか、というのが私の仕事だと思っています。 大量生産できて、安くて、手すきと見間違うほどの品質の機械すきも文化のひとつですが、それはそれ。手すきは手すきならではの質感や差別化ができることがたくさんあります。和紙を“モノ”として捉えると、レターセットやラッピングなど消耗品として使われますが、それはあくまでも用途でしかない。手すき和紙は長く使えば使うほど風情が出てくる手すき和紙ならではの特性を活かしてインテリアの一部に使った方がよいと考えました。私はアプローチする「視点」を変えただけなんです。

「堀木エリ子の世界展~和紙から生まれる祈り~」
Photo: Yoshiharu Matsumura

従来の「視点」を変えることこそが、
「進化」への予感に通ずる

門上:佐藤さんも飲食店の視点を変えていますよね。同志社の学食(Hamac de Paradis 寒梅館)は従来の学食のイメージを一新したプロジェクトだったと思います。

佐藤:このプロジェクトの話をした時、社内では反対しかありませんでした。大学は1年の半分はお休み、学食というビジネスが成り立つのかどうかも見えなかったからです。ただ同志社大学さんのご尽力もあり、「学食 = 学生にとっての安い食を提供する場所」だけではない当時にしては近未来的な学食をつくることができました。建築、デザイン、そこに賛同してくれた多くの人とのご縁があったからこそできたプロジェクトだったと思います。 京都の割烹のスタイルも今までとは違う視点を感じます。昔からあるような気がしますが、いつ頃からこんなすごい世界が生まれたんでしょうか?マネーをおいかけるのではなく美味しい物をカウンターで食べさせたいという、まさに料理人の“パッション”ですよね。

門上:20数年前くらいでしょうか。象徴的なのはなかひがしさんとさゝ木さんですね。従来の料理屋はお客様が食べたいものを食べたいときに食べたいように食べさせる、そういうアラカルトの世界でしたからね。多くのカウンター割烹は、一斉スタートで、皆お決まりのコースを食べる。そんな概念は無かったですし、最初はお客様自身も抵抗はあったと思います。

堀木:確かにそうでしたね、他のお客さんを待って一斉に食べ始めるスタイルは、当初、驚きました。

門上:それを乗り越えていける力、例えばごはん一膳でもどう見せたらいいか、炊き込みにして色とりどりにするのか、炊き立てをどう見せるかとか。料理のシズル感に加え、料理人の美味しいものを食べてもらう、というまさしく“パッション”があり、それが人を介して京都で広がり、今みたいなサイクルになってきたのだと思います。京都でしか生まれえなかったスタイルかもしれません。

門上武司

門上武司のおいしいコラムより抜粋

佐藤

時間トキが止まったままの菊水

佐藤:ここ菊水はそういう意味では開業時から時間が止まっているのだと思います。それは決して古くさい、そのままにしているとかいう意味ではなく。いい意味で先代の伝統と言われる技法に加え、レシピなど継承されてきたものの形を変えず、守り続けることこそが正しいという意識だったのではないかなと思います。時代的な要素を取り入れてこなかった、日々進化していく時代の流れから逆行してきてしまったのではないかと思います。

だからこそわれわれが考えている、これからの菊水の「進化」には2つの軸が必要だと考えています。

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