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Cross Talk Story | 01

「進化への予感」(後編)
~菊水で起こる「進化」について~

フードコラムニストの門上 武司がストーリーテラーとなり、
京都で活躍する3人が語り合う「京都文化の継承と進化」とは?

㈱ジオード 代表 / フードコラムニスト 料理雑誌『あまから手帖』編集顧問 門上 武司

㈱堀木エリ子&アソシエイツ 代表取締役 和紙作家 堀木 エリ子

㈱バルニバービ 代表取締役社長 / ㈱ 菊水 代表取締役社長 佐藤 裕久

㈱堀木エリ子&アソシエイツ
代表取締役 和紙作家
堀木 エリ子

「時代時代に存在する「自分がいいと思うモノ」や「面白いと思うモノ」をしつらえて楽しむことが独自の美学となり、後世に振り返ると、その時代の文化となっている。 今の時代に生きる私たちは、古いか新しいか、高価か安価かという視点ではなく、自由な美意識をもつことが大切だと思います。(堀木)」

対談

菊水の「進化」に必要な2つの軸

佐藤:一つは“洋”の要素の取り入れです。今までの「菊水」は湯豆腐や京料理が中心、また内装も昔ながらの数寄屋造りの建物に和の彫像品を設置するなど、“洋”の要素は一切ありませんでした。1階のお庭が見える縁側の部分はウッドデッキのテラスに変えて、庭を愛でながら座れるようにしたいなぁと考えています。もちろん批判覚悟です。
もう一つは「新たな学びを得ること」です。エリアやジャンルを問わず、僕らが学ぶべきお店はたくさんあります。門上さんがおっしゃられた人材交流のようなことは、多方面で活発に行われています。けれど、今までの「菊水」は“形を変えず、守り続けること”を伝統として、20数年変えることがなかった。だからこそ外の世界に修行に行き、形を変えず、守り続けることはもちろん、いいモノとの融合をできるような学びの機会を設けたいと考えています。実際、「菊水」で20数年勤めている料理長も柏屋さんに受け入れていただいています。

堀木:「菊水」の料理長の修業先として受け入れる和食屋さんが実際にあるということですよね、それが素晴らしい。 普通、人は人に何かしらの影響を与えようと考えますよね。メッセージを伝えるとか、インパクトを与えるとか。しかし、京都は料理やものづくりの世界で、“人に影響し、影響もされる”という意識があると思います。私は最先端のLEDや、フランスのクリスタルのラグジュアリーブランドであるバカラと和紙とのコラボレーションをしてきました。異なる文化や他業界との融合によって、互いが影響を与え、影響を受け、自分なりに咀嚼して、次の新しいものを生み出していくことができます。新たな視点を生み出す可能性があるわけです。

門上:京都は何かをしてもらうと、“し返す”という文化はありますね、まさに「御恩ごおん返し」ですね。

佐藤:確かに。手土産を持ってどこかに伺う時も、京都では「おために」といって、帰り際に手土産やお返しをいただきますしね。

㈱ジオード 代表/ フードコラムニスト
料理雑誌『あまから手帖』編集顧問
門上 武司

“おため”の文化はお互いに持っているものをシェアする視点

門上:京都独特の文化ですよね。一方通行のやりとりではなく、お互いに持っているものをシェアしようという心構えなのでしょうね。 今おうかがいした和紙という伝統産業と最先端のLEDやラグジュアリーブランドとのコラボレーション、和のイメージである縁側をテラスに変えるということは、昔ながらの伝統を新しいものに入れ替えているように感じるかもしれませんが、長い歴史でみたらそんなに大冒険ではないのです。“おため”の文化に加えて、京都の人は長い目で時代を捉えている。だから新しいものに対しても寛容なのでしょうね。

堀木:京都の人は、モノの価値を形態として捉えるだけではなく、そのモノの背景にある精神性や日本人の美学を理解していると思います。和紙を漉く技術がどんなに素晴らしくても、漉くための道具を作れる人がいなければ技術は継承できるわけがないのです。技術も変わっていかざるを得ないし、結果としてモノの形態も変わっていきます。そこで変えてはいけないものがそのモノの背景にある精神性や美学です。

和紙でいうと職人さんには「白い紙は神に通ずる」という精神性があります。言い換えると「白い紙が不浄なものを浄化する」という考え方です。ご祝儀袋は単にお金を包むのではなく、不浄と言われるお金を白い紙で包むことで、“浄化して人に差し上げるという想い”が形になったものです。年末に障子の張り替えをするのも、単に大掃除で綺麗にするということではなく、白く清らかな空間にして新しい歳神様を迎えるという美学からです。

結局大事なことは、白いか柄がついているかということではなく、そこに日本人の自然に対する畏敬の念や命に対する祈りの想いが存在するのか、ということなのです。その想いを持って作ったモノが技術や形となり、それが後世に伝える美学となっていきます。

先ほどの佐藤さんのお話で「縁側をテラスに変える」ということも、庭を愛でる場所の様式を変えるだけであって、そこにある佐藤さんの「テラスで庭を楽しんでもらおう」というおもてなしの気持ちが背景に存在します。京都はその背景を見ようとする文化が根付いている。茶道や華道においても形態を模写するのではなく、そこに内包されている精神性や美学を継承してきたからこそ文化なのだと思います。

京都

京都という街で改めて感じた、モノの背景を見る視点の変化

門上:佐藤さんは今、京都では同志社に続き北山、高台寺と、今は滋賀にも3店舗オープンしていますよね。形態は違えど、京都に最初にオープンしてから数年の月日がたち“京都に呼ばれるようになった”という佐藤さんの中で何か精神的な変化はあるのですか?

佐藤:京都に戻って改めて感じたことは、京都以外の街は比較対象がすべて東京だということです。ナントカ銀座とか、ナニナニ歓楽街、とか。それって僕にとってはとてもしょぼく見えてしまう。博多くらいかな、特殊な風土を感じるのは。純粋にいいなと思う街には、やはりその街独特の空気感や歴史を重ねてきた建物やそこで暮らす人たちが織りなす景色などの背景があります。僕にとって京都の四条河原町の借景や鴨川で流れる水面を眺めながら過ごす時間は、その街が持つ背景をいいなと思う感覚が知らず知らずに身についていたこととイコールなのです。

それこそ、1号店は1995年、南船場の古い木材倉庫を自ら解体し作りました。お金がなかったことももちろんあります。けれどそれ以上に僕自身の深いDNAの中に、京都という街が古くからの建物を守りながら継承していく空気感や背景、考え方、奥行きを理解する感覚があったのだと思います。 そのことに今、改めて深く感動し、自分のルーツをたどると「そういうことだったのか!」と気づかされました。

門上:当時は意識せずやっていたことが、京都に回帰したことで実は背景を無意識的に見ていたのですね。

佐藤:そうですね。最近京都に呼ばれるな、やたら帰るなと思っていたことにやっと合点がいきました。最終形態ではないですが、その背景に僕らの思いをアウトプットするのが今回の「菊水」のプロジェクトなのだと感じています。 先ほど“洋”の取り入れといいましたが、部屋を飾るモノも新しい視点を入れ込みます。床の間に飾る作品は現代アートの作家を起用し、彼らが見る視点でイイと感じるものを今の感性で表現してもらいます。

㈱バルニバービ 代表取締役社長
㈱菊水 代表取締役社長
佐藤 裕久

時代時代に合わせた感性とモノが時代を創り出す

堀木:結局それがモノの原点ですよね。 大昔の絵画や器は時が立った今、古美術といわれていますが、その当時の人は、その時代にいいと思ったものを作って、使って、愛でていただけなのです。 もちろん歴史のある作品は素晴らしい物がたくさんあります。けれど私は新しい物も含めて、その時代時代に存在する「自分がいいと思うモノ」や「面白いと思うモノ」をしつらえて楽しむ。それこそが生活の原点であり、そこから文化ができていくということだと思います。
今自分がいいと思うモノやアートをしつらえ、時に互いを融合させていき、それが重なりあいながら自然と美意識ができていく。でも私たちはなにも「文化をつくっていくのだ!」と思っているわけでもなく、ただ今いいと思うものを使って、しつらえて、楽しんでいるだけのこと。だからこそ今の時代に生きる私たちは、無理せず、今の時代の「自分がいいと思うモノ」を大切にする。そこに興味をもつ人が参加し融合していくから面白いし、京都という街だからこそできることだと思います。

門上:そういう作家はたくさんいますが、それでも成功しないといけないですよね。後世まで楔を残していくというか。その楔の打ち方がすごく大事だと思います。佐藤さんはそのために意識していることはありますか?

佐藤:僕はむしろ“やむなく”という気持ちの方が大きかったですね。1号店を作るときは本当にお金がなかった。もちろん潜在的な魅力を感じた場所ではありましたが、当時(25年前)は補償金60か月とかでしたので、低賃料の場所を選ばざるを得なかったという感じです。 ここ「菊水」でも、本来この建物に見合うであろう骨董品は僕たちには到底手が届かない高価なものです。 いくらお金があっても美術収集家でもない限り難しい。それならばまだ世の中に知られてない、でも僕らが面白いと感じ、未来の可能性を感じる人たちとの出会いによる作品をしつらえることは、苦肉の策でもありますが、未来への挑戦でもある。それが楔を打つことになり、門上さんがおっしゃる“成功”に繋がっていくのではないでしょうか。

門上:そうですね。でもどんな作品でもやはり目利きは必要ではないですか?

佐藤:実は作品を買い続けていることで気づいたことがたくさんあります。自分の好きな作家の作品が意図することがわかってきたり、僕たちの店に融合するような作家の傾向が見えてきたり。また、才能ありながらもまだ知られていない作家がいることにもほんの少しですが、気づけるようになってきました。そういう人たちとのご縁を繋げていくことが、僕らなりの使命でもあり、楔のつなげ方なのだと思います。

門上:京都という街が持つ懐の深さやタイミングも「菊水」はいい機会だったのですね。

佐藤:そうですね。京都という街自体も景観条例により、本当に良質なものがキープできています。その中で、センスや感覚、哲学、それこそ背景が織り込まれている思いを、僕たちなりに「菊水」を舞台に表現していきたいです。

京都が持つ“目に見えないおための文化”

門上:先日、とある老舗のご主人とお話した時に、他の料亭の二代目をちょっと叱ってね、と聞きました。子供の頃、ご近所のおじちゃんに悪さして怒られた時のような感覚を思い出しました。料理の世界に限らず、周りの人達が見守っている感覚は当たりまえのようにありますね。

堀木:技術や形態だけではなく、料理の世界ならば料理人としてどうあるべきか、伝統産業の世界ならば職人としてどうあるべきか、ということですね。

門上:そうですね。料理や伝統産業だけではなく、目に見えないところでも次世代につなげていくための文化が京都にはあります。言語化されないルールというか。しつけとか教育ということではなく、その思いを次世代につなげていくための“目に見えないおための文化”というべきでしょうか。 京都で伝統工芸を受け継ぐ若い後継者の集まりでもあるGOONさんも、その一つだと思います。自分たちの技・素材を様々な人たちに提供し、今までにない新しいものを生み出していく。「みんなで育てなあかん!」という感じですね。

佐藤:僕は京都に帰るとよく鴨川まで走りに行くのですが、恵比須から押小路あたりを走っていると、お豆腐屋さんや昆布屋さんが軒を連ねています。声をかけてくれたり、時にお茶をいただいて休憩させてもらったり。ご家族でやられているので、“業”としてビジネスは成り立っているのだろうか?と思うお店がたくさんあります。
地元で何十年と続くお店もありますが、実は京都の名店といわれるところの店主は京都ご出身ではなかったりしますよね?さゝ木のご主人は滋賀ご出身、大渡(オオワタリ)さんは九州ご出身だったと思います。

門上:そうですね。大渡さんは茶の湯の世界が好きで、それなら京都で独立したい、とおっしゃっていたと思います。京都の人や食材、風土などに引き付けられた人たちが今、京都を育んでいっていますよね。その人たちが京都という街にとけこみ、大きな輪になり広がってきています。

京都独特のおすそ分けは皆で楽しむ心構え

門上:僕はマンションに住んでいますが、よくおすそ分けをいただきます。「仰山炊いたから」と言って煮物や炊き込みご飯なんか。

堀木:美味しい料理を知り尽くしている門上さんにおすそ分けってすごいですね(笑)。

門上:先ほどの「おために」ではないですが、関西独特の文化ですよね。美味しいからみんなで食べよう、楽しもうという表れなのでしょうね。

佐藤:僕が住んでいる東京のマンションは、隣にお住まいの方すら知らないですね。エレベーターにのっても目を合わせてはいけない感じがしています(笑)。小さい頃、京都でお鍋片手に近所のお豆腐屋さんに走っていったのが懐かしい・・・。
13年前は港区に会社がありましたが、8年前台東区に移ってから東京が好きになりました。 浅草とか蔵前とかほっこりします。僕が関西人だからかもしれませんが、京都で感じてきたような独特の文化がある東京の東側こそ、真の東京なのではないか、と思います。

門上:京都には伝統産業との掛け合わせをできる土俵があります。また皆で育てていくという文化もあります。 ここ(菊水)でもそういう意味ではそんなことができるのではないかなと思います。「菊水」でコトを起こしていく、みたいな。

堀木:そうですね、文化的な発信が拡がっていくといいですね。

佐藤:そういう意味で元々2階にあった舞台は残して、舞や狂言をできるようにしたり、畳に椅子で座れるようにしたりコトを起こせるような土台作りを考えています。色んな可能性を残していきたいですね。

菊水の玄関へと続くアプローチ

一人一人がもつ背景や思い、そこにふれる技術が時代を作っていく

堀木:私が大事にしていることは「時代の要望に沿う」ということです。自己表現としてのものづくりではなく、手すき和紙の世界において時代の要望に応えていくこと、また要望を見極めるアンテナを追求していくことです。 その意識は30年間変わることはありません。でも要望は時代と共に変化していくので、毎年やっていることが違いますし、それが自然と新しい挑戦になっています。 京都という土地だからこそ、「菊水」だからこそ、という独自性を活かして時代の要望を今、どう満たしていくか?どう社会に役立てていくか?を考えること、今を生き、今を表現する、それがとても大切なことです。

佐藤:まったく同感です。10年前に僕は旅館をやろうなんて思っていなかったし、「菊水」に携わるなんて思わなかった。でもこれもご縁に導かれたもの。自分たちにできるのか?と思うこともありましたが、今までやってきたことにちょっと負荷をかけて頑張ればできると信じています。

堀木:私も、不可能だと思われていることや、自分にしかできないことに挑戦し続けてきましたし、これからもそれは変わりません。だからこそ要望をいただくことができているし、その要望に対して使命感が生まれ、支えになっています。

門上:料理の世界でいえば、日本料理とかフレンチとか料理のジャンルや垣根がだんだんなくなってきました。 ジャンルではなく、本質的な“料理”に対しての概念が変わってきたような気がします。日本料理の塩の打ち方として “紙塩”というのがあるのですが、紙を通すことでじわりと食材に塩が入っていく日本本来の手法で、海外にはないものです。 でも本当に食材に塩を打つというのはどういうことなのか?料理のジャンルで決められるものではなく、もしかしたらピンセットで一粒ずつ打つのがいいのかもしれない、とかね。 新しい可能性を見出すこと、要はその行為自体の本質的な意味、概念を今一度見ていくことが大切なのです。 ここ「菊水」が、京都文化の継承と進化を担う場所として、従来の概念にとらわれるのではなく、「菊水」だからこそ見ることのできる新しい発見が楽しみです。 そういうことが振り返ると伝統や時代になるのではないか、と思いますね。

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